WKO4は、ワークアウトを詳細に分析できるツールです。
今や、GPSからはペースや標高、心拍数・パワー計から状態がリアルタイムに記録できます。
アマチュアが手にすることができる範囲で、どのような分析が可能になるのか。
Web版では見ることができない、トレーニングによるパワーや心拍の変化、ケイデンスとランニング効率の2点にしぼって、実例を交えて紹介します。
WKO4とは
分析エンジンのソフトで、
Web版には無い、より詳細なデータ解析
多様なグラフツールが標準装備
NGP(傾斜補正ペース)、心拍数、パワーなどの変数や、統計処理のための関数が豊富 (つかえる変数や関数はこちら→WKO4 Expression Reference)
式やグラフをユーザが作成することもできる
負荷管理:古典的なTSS、派生したrTSS、RSS、さらに個別性に対応したiLevelを利用可能
web の PMCからデータ読み込みが可能
(スタンドアロンでデバイスから読み込みも可)複数のアスリートを分析できる
Win / Mac
TrainingPeaks から発売($169.00)
というものです。
Webの TrainingPeaks は1人1アカウントの日誌ですが、WKO4は何人ものアカウントと連携させることができます。アカウントを工夫すれば、チームや部室でひとつ、とかできそうですね。
無料トライアルが14日間あります。
Download WKO4 Trial Version | TrainingPeaks
WKO4の使い方
インストール後、TrainingPeaks のオンラインアカウントと同期が完了すれば、すぐに分析が可能です。
ただ、解析手法がありすぎて、何からすればいいのか途方にくれるので、基本的な使えそうなチャートを紹介しておきます。
Athlete(個人サマリー)
Training Load Pack - Run
ランニング用のトレーニング負荷、パワーゾーンのサマリーRun FTP Contribution with TTE
FTPとTTE(閾値パワー持続時間)PD Curve with iLevels
個別性の高いPDカーブ
Workout(ワークアウト)
Running Workout Pack
マップ、心拍、ケイデンスのチャート👉Workout iLevel Review
心拍変動・power-HR分布を見るにはこちら
個別補正の入ったパワーゾーン分布も見られるので正規分布モデルが使えない人(トップランナーなど)に有効Run Summary Pack - Stryd
Strydのデータを詳しくみるためのチャートパックPD Curve with iLevels
個別性の高いPDカーブ👉Run Summary Pack - Stryd
Strydのデータを詳しくみるためのチャートパック
今回使ったのは、👉マークが示したチャートです。
実際の使用事例
別記事の例では、TrainingPeaks と Stryd Power Centerを使いました。
WKO4なら、よりはっきりと成長を見ることができます。
疲労は何だったのか:心拍ドリフト(CVdrift)の確認
前回は、『疲労感』の表現に苦労しましたが、WKO4ならグラフで表示できます。
チャート名:Cardiac Drift Chart
心拍数:赤 パワー:黄 Pw:Hr:灰
まず、トレーニング初期・4月のトライでは、
時間が経過とともに、心拍数(赤)が低下しており、心拍数の低下につれて、パワー(黄)も落ちています。
そして、1心拍あたりの出力(灰線)も低下、つまり効率が悪化しています。
要するに、後半にかけてダレていったのが、線の傾きで分かるということです。
トレーニングを積んだあとの5月のトライでは、
パワー(黄)は最後まで一定しており、心拍数は上昇しています。
これはよく知られる、心拍ドリフト(Cardiovascular drift)という現象です。
やはり1心拍あたりのパワーは低下してますが、4月のときより穏やかです(平均線の傾き具合)。
要するに、パワー維持のための心拍上昇に耐えられる身体になってきた、という事です。
なお、主観強度は、山の往復を前半2+後半2の4セグメントに分けたとき、次のように変化しました。
4月:8→8→6→7
5月:6→6→5→5
その主観強度と、体に何が起きてるのかを対応させておくことで、レースの時に役に立ちます。
1ヶ月のトレーニング期間でも、これぐらいの疲労耐性が得られることが分かりました。
パワーは向上していたのか:パワーと心拍の関係
前回の比較でも、効率が改善したことがつかめましたが、WKO4なら「1心拍あたりの出力パワー」をもっと詳細に知ることができます。
次のグラフは、心拍とパワーが比例すると考えるモデルを使い、ワークアウト全体(山の往復)をプロットしたものです。
チャート名:Workout Summary > Heart Rate vs. Power
平均心拍が下がり、平均パワーは上がっているのが分かります。
また、心拍150でのパワーが、193W→199Wにアップしています。
同期間のFTP測定も、同じぐらいの上昇なので、このチャートは使えそうです。
モデル化された緑の点線からは、
intercept(切片)・・・パワー0、立ち止まってるときの心拍数
slope(傾き)・・・心拍が上がったときの出力増加ぐあい
が分かります。それぞれ、
4月・・・立位停止時:105bpm 傾き:1心拍あたり0.23W
5月・・・立位停止時: 94bpm 傾き:1心拍あたり0.28W
を意味するので、1心拍あたりの出力が増えただけでなく、安静時心拍の低下による余裕が生まれたのも分かります。
やはり、トレーニング効果はあったと言えそうです。
ケイデンス(ピッチ)とパワーの関係
では、さらにランニング効率を高めるトレーニングを探したいと思います。
たくさんあるのですが、「ケイデンスを高めるとよい」とよく聞きますから、ここではケイデンスとパワーの関係をピックアップします。
最初はロードでの比較。
縦がパワー、横がケイデンスで、単位はrpm(複歩)です。
(チャート名:Workout iLevel Review > Power vs Cadence )
特定のケイデンスで、わりと広いパワー範囲に対応してるのが分かります。
例えば、90rpm付近 では、80W〜160W、ペースでいえば、キロ8分より遅いペースからキロ6より速いペースまで対応しています。
一方、歩きは60rpm、キロ4付近では約110rpm が好きなようです。
同様に、寧比曽岳の往復の比較。
(赤丸で囲った部分は、急登でのパワーウォークや、一歩ずつ止まるような下りで見られる特徴です)
面白いことに、ロードでも、登り下りのあるトレイルにおいても、ジョグペースは90rpm、歩きは50〜60rpm が無意識のうちに選ばれています。
ここでひとつの仮説が浮かんできます。
「ケイデンスを一定に保ち、歩幅などで調節するほうが、身体にとってローコストなので、そのように適応しているのではないか」
車のエンジンのように、回転に比例してスムーズに上がるほうが合理的に思えるのに、離散した分布になるのは不思議です。
つまり、ぼくの現状は、90rpm がもっとも効率のよいケイデンスではないか、と。
ランニングエコノミーとケイデンスの関係
ピッチ走法 vs ストライド走法について、よく話題になりますが、興味深い記事を見つけました。
詳しくは、別エントリーで紹介したいと思いますが、オランダ・ラドバウド大学のマリア・ホプマン教授らの実験によれば、
パワーとスピードには強い関係がある
ケイデンスが高くなるにつれ、1kmあたりのエネルギー消費(ECOR)は少なくなる
身体が自動的に選んだケイデンスは、1kmあたりの酸素消費量(RE)がもっとも少ない
トレーニングを積んだランナーのほうが、この2つの指標がよい
ということです。
どうやら、ぼくにとっての90rpmは、もっとも酸素消費が少なくて済む、つまり呼吸が楽なケイデンスなので、身体が勝手にそうしてる、ってことになりそうです。たしかに、主観強度の面でも、90rpmなら、楽に走り続けられそうな気がします。
このふたつの指標も、Stryd のデータを WKO4で表示することができます。
ECOR 体重1kgあたり、1km進むのに消費したエネルギー
RE 体重1kgあたり、1km進むのに消費した酸素
小さ変化なので、条件がそろっていて、全力走が含まれる、FTPテストの結果を見てみました。
(チャート名:Run Summary - Stryd を 見やすいように表計算ソフトで切り出し)
上からジョグ→9分→3分の順に速くなります。
ECOR(1kmあたり消費エネルギー)、RE(1kmあたり酸素消費量)ともに、全力走のほうがジョグよりもエコだということが分かります。
横方向、トレーニングの進捗は、ジョグ・スピードともに、5月が効率が改善してるのが分かります。特に赤枠は9分走の比較で、ケイデンスが同じでも効率がよくなっています。
この領域の練習をしてなくても、得意なケイデンスでトレランやロング走をすることで、全般的に効率が改善することが分かりました。
青枠の部分、3’45/km と4’04/km でのECOR(エネルギー消費)が最小にならなかったのは、この速度に改善の余地があると思われます。
最適ケイデンスより高いほうが、酸素消費量(RE)は増えるけど、エネルギー効率(ECOR)は改善するので、ケイデンスを高めたハイペースの練習も、タイム短縮のためには必要かもしれません。息が苦しくなるトレーニング、ってことですが・・・。
「ロード走のばあい、最終的にはVO2maxが制約になる」、「サブ3を目指すなら、3’45/km のミドルインターバルが効く」 と言われるのと辻褄があうので、このあたりの練習成果は、RE、ECORの向上で確認すると良さそうです。
トレイルランニングを数値分析するときの問題点
だいぶ遠いところまで来てしまいました。
最後に、問題点があることも付け加えておきます。それは、今の技術ではまだ測れない項目が隠れていること、環境によって効かない指標があることの2点です。
トレランでは、さまざまな環境変化があり、求められる身体特異性もさまざまに変化します。
例えば、登りなら心肺能力が、下りなら反射神経が、2,000mを超える高地なら高所馴化が問われます。短時間のあいだに気温が急低下することもしばしばです。
最終的には、主観的な強度からみて、「妥当なデータ」なのかを、直感で判断する必要があります。
以下は、ウルトラのコーチで有名な、Jason Koop さんからのアドバイスです:
トレランの変化は複雑なので、数字に振り回されすぎず、主観強度で把握する
「使えるデータ」「使えないデータ」を意識しながら、データ収集は継続すること
練習はシンプルに。ターゲットは、 主観強度 を 何分間 で設定する
ということが書かれています。
例えば、登りの制約はVO2maxで、下りは反射神経(神経筋パワー)などで、見るべきチャートが変わってくる、ってことですね。
あと、時計に表示される心拍やパワーをチェック(ターゲット化)しながら練習してはダメよ、てのも重要な指摘だと思いました。
まとめ
今回は、パワー、心拍、ケイデンスに絞って紹介しましたが、WKO4で可能な分析はここにとどまりません。
多くの人にとっては、別記事で紹介した、TrainingPeaks と Stryd Power Center でも十分すぎるかも知れませんが、トレーニングに伸び悩んだとき、また突出した才能をもつ人やエリートがプラトーを突破したいとき、収集していたデータと詳細な分析は、ブレイクスルーをもたらす可能性があります。
『いますぐ必要ない』、そんなふうに感じるかもしれません。ですが、データ収集さえ続けていれば、思いついたときに振り返れますし、いつの日か、専門家やコーチに分析してもらえる日がくるかも知れません。
そう、だれだってその気になれば、キプチョゲとTeam Breaking 2 が使ったのと同様の、Science & Technology を手にすることができる。
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