Polar から、数年ぶりの新作。時計本体のみでランパワーが測定できるように。
精度を高めた光学式HRを搭載し、トレーニング負荷管理に新しいステージを感じさせます。
この記事では、Vantage V の魅力をお伝えするとともに、気になるGNSSや心拍の精度、パワーのレビューについて。
なお、姉妹機である、Vantege M についても触れています。
- Vantege M と V の違いについて
- Polar V800から数年ぶりの新作
- GNSS精度比較とバッテリー持続時間
- 手首計測の心拍計の精度は
- パワー計はどんな性能か
- トレーニング効果や進捗のレポートは優れている
- HRVによる疲労の回復チェックも優れている
- 気になる点
Vantege M と V の違いについて
3月に発表された、Vantege M は、次のような違いがあります。
気圧高度計を内蔵しない
そのため単体でランニングパワーは測れない( Strydのようなサードパーティ製の外部パワー計の接続は可能)
タッチスクリーンではない
最大30時間(Vは40時間)
プラケース採用で 45gと軽量化
Recovery Pro 未サポート(Training Load Proは有り)
定価3万7,800円と意欲的な設定で、初めてのGNSSウォッチとしては、入門機として最適。
パワーを測りたくなったら、Stryd のような外部センサーを買い足すことでも対応できます。
以上の違いを抑えていただければ、Vantage V のレビューを 参考にされても大丈夫です。
Polar V800から数年ぶりの新作
ポラールは、80年代からワイヤレス心拍計を開発してきた歴史をもち、トレーニングの世界ではよく知られる、伝統のある会社です。
今回は、完全なリニューアル設計となり、光学式心拍計およびGNSSチップ、ソフトウェアが刷新されています。
精度を高めた光学式HR
Vantage V では、光学式による心拍測定の精度を高めるため、つぎのような対策が取られています。
波長の異なるLEDを組み合わせ、深い位置の血流変化も読み取る
接触センサーにより、時計の密着状況を確認する
異常値が出たら、ログをさかのぼって訂正する
これにより、皮膚の血流が悪くなる寒い時期や、激しい動きを伴う運動のときにも読み取りの精度が向上し、かりに異常値が表示されても、記録上はさかのぼって修正されます。
ログファイルから異常値をカットする作業は手間がかかるため、この改良には期待がもたれます。
SonyのGNSSチップ
Suunto に続き、SONY製の省電力GNSSチップを採用。ウェアラブル端末の世界では急速に採用が進んでいるICです。
このチップは省電力であるだけでなく、ユーザーの行動や動作を学習し、精度を高める「センサーフュージョン」の機能を持ちます。
これにより、最長で40時間の記録を可能にするとともに、外部センサーを買い足さなくても、時計本体だけでランニングパワー計測が可能になりました。
Vantage V での計測は、速度からパワーを推定するシンプルなものですが、センサーフュージョン技術の登場により、パワー計測にあたえる腕振りの影響が解決されています。
優れたトレーニング管理
これにより、心拍とパワーが別々に測れるようになったため、内部パワーと外部パワーに分けて管理することが可能になりました。
これまでの機種でも、心拍ベースの健康管理は優れていましたが、今回、ProTM へと進化し、負荷を『心肺負荷』『筋負荷』『自覚的負荷』の3つに細分化されています。
これらが分けて記録できるため、オーバートレーニングや、負荷が適切にかかっているかを、ユーザーが振り返ったとき、チェックしやすくなっています。
例えば、パワーや心拍の負荷は適切なのに、なぜか自覚的負荷(RPE)が高い、といった場合に、パフォーマンス低下の原因が、精神的なストレス(プレッシャー、仕事のストレス等)にあるのではないか、と疑うことができます。
また、夜間に連続装着すれば睡眠状態も計測されますし、ベルト心電計(Polar H10)を使うと、ストレス状態をより正確に測れます(Recovery Pro)。
これまで、Garmin や Stryd でも、パワーを測定することはできましたが、分析には、TrainingPeaks や Todaysplan、Stravaといった外部サービスの力を借りる必要がありました。
もちろんStrava等へリンクすることができますが、パワーを含む、メーカー製のプラットフォームとしては、Polar が一歩リードした形です。
GNSS精度比較とバッテリー持続時間
現在のところ、Vantage V のGNSS設定は「高精度」モードしかありませんが、連続40時間ほど計測できるとされます。
どの程度の精度で、実測・どれぐらい持つのか、テストしてみました。
ロードでの比較
上空の開けた、池の周回コースを時計回り、約20kmのロング走を行いました。
緑:Garmin ForeAthlete 935(右腕) 橙:Polar Vantage V(左腕)
どちらも申し分ない精度ですが、あえて指摘するとなると、Vantage V(橙) は コーナーをショートカットする傾向が見られます。
トータル距離は、935が20.47km、Vが19.68km。池の外周側に装着したにもかかわらず、Vの距離が短かったのは、このショートカットも影響したと思われます。
ペースが上がるほど、計測間隔が開いていくため、細かなターンを繰り返すコースでは、誤差が大きくなるのかもしれません。
トレイルでの比較
OMM JAPAN 奥三河。ロード、トレイル、オフトレイルが入り交ざったフィールドで、場所によっては谷が深く、GNSS電波の受信状況としては不利なエリア。
ForeAthlete 935 と比較したかったのですが、ベルトが切れてしまっため、みちびき補完信号に対応し、渓谷に強い Epson MZ-500 を対照にしています。
緑:Epson MZ-500(高精度) 橙:Polar Vantage V(高精度)
ジョギング、歩き、スピードハイク、登山のさまざまな速度域が入りまじっており、GNSS計測機にとっては厳しいテストとなりましたが、大きな乱れは見られませんでした。
トータル距離は、
MZ-500 :32.23km D+1,745m D-2,213m
Vantage V:32.82km D+1,685m D-2,155m
ロードのテストで見られたショートカットが目立たないのは、ペースが遅かったためでしょう。ウォーク~ジョグのペースであれば、誤差は感じないレベルです。
MZ-500 は 平面と3D、2種類の距離を出せますが、Vantage-V は 3Dモードの値に近いため、沿面距離を表示していると思われます。
また、累積高度も、60m程度の差にとどまり、Vantage-V はトレイルでの使用も問題なさそうです。
高低図を比較してみても、
ほぼ同じ傾向を示します。
一部を拡大すると、特徴のある波形が見られます。
きれいなスムージングを見せる MZ-500に対し、 Vantage は、過敏に上下を繰り返し、収束する傾向が見られます。
この説明として、超短期の位置はモーションセンサーで、短期は気圧センサーで、長期的にはGNSSの高度情報により、高度の補正を行っている可能性が考えられます。
最終的な獲得高度については、上昇方向・下降方向ともに、ほぼMZ-500と同じ値となったため、トレーニングやレースの負荷管理を行う上では、十分な精度をもつと言えそうです。
バッテリーの保ちは
OMM は、テント泊を含めた1泊2日の大会で、レースは1日目と2日目に分かれて行われます。
今回自宅を出るときから帰宅するまで、心拍24時間連続測定モードに設定し、日常生活の計測をした上で、アクティビティの測定を加えました。
自宅を出るときに100%充電で、1日目は9時間、2日目は4時間半のアクティビティを行ったところ、帰宅時にはちょうど50%でした。
合計13時間半のアクティビティ+約20時間の連続ハートレート計測で50%ですから、連続なら30時間以上、パワーと心拍、高精度ログの記録ができると思われます。
手首計測の心拍計の精度は
新方式となった、光学式心拍計の精度はどうでしょうか。
ビルドアップ走
約30kmをかけて、徐々に心拍を上げていったケースです。
橙がVantage V で、心拍ベルト(Garmin 935+HRM4run)を緑で表示。
上下の振れ幅は大きいものの、これまで問題となってきた、検知不足による最大値にはり付く現象は起きていません。
トレーニング上の実用性をみるため、ゾーンで比較してみると、
各社、ゾーン分類が異なるところに注意が必要で、Polar の ゾーン1~2は、Garmin の 1に相当し、ゾーン3が Garmin の 2に対応します。一段ずれてる、ってことですね。
各ゾーンにおける滞在時間は、ほぼ同じであるため、トレーニング管理として使う分には、申し分のない精度ということになります。
インターバル
激しい変化を伴うインターバルの場合はどうでしょうか。
坂道の90秒を8リピート(途中に休止あり)の様子です。
心拍ベルトに比べると、わずかに反応が遅れており、最大心拍付近では、波形のあたまが削られているケースがあります。
各ゾーンの滞在比率に大きな違いはないため、トレーニング量の面では問題になりませんが、最大心拍数の検出が低くめの数値になることは念頭においたほうがよいでしょう。
インターバルのように激しい変化を伴う場合には、Vantage V の精度といえども、ベルトに軍配が上がります。
パワー計はどんな性能か
負荷をパワーで計測する理由に、『追従性の高さ』があります。
そこで、有名なパワー計である Stryd と、90秒・Zone 5インターバルで比較してみました。
橙がVantage V で、Stryd(ホスト:Garmin 935)を緑で表示。
アルゴリズムの違いもあるため、直接、数値を比較することはできませんが、インターバル開始/終了時の 立ち上がりタイミング、立ち上がり時間は、まったく同じ。かなり感度は高いようです。
パワー計の追従性については、Stryd と遜色のないものであり、定期的なテストを行っていれば、腕パワーによるトレーニング量の管理は、じゅうぶん実用的なレベルです。
なお、Polar におけるパワーの基準は、MAP(Maximal Aerobic Power)であり、テスト方法はFTPと異なります。ただし、FTPは Zone 3~4の境界あたりに相当するため、FTP派は、そうなるようにMAPを手動補正する方法もあります。
また、Stryd による、3-9テスト法であれば、3分平均+9分平均 を2で割った値が、ほぼMAPの数値に該当するようです。
3-9テストから概算したMAP値をもとに、上記のインターバルのゾーン比率を確認してみます。
Vantage V(左)と、Stryd(右)における、Zone 4~5 の合計時間は、どちらも 約12分。
ターゲット Zone 5 の 90秒を8本ですから、高強度の滞在時間は、720秒(12分)なので、かなり正確に管理できていることが分かります。
ちなみに、インターバルにおける、パワー(紫)と心拍(赤)のグラフを紹介しておきます。
パワーが瞬時に立ち上がるのに対し、心拍は、終了時でも、まだ最大まで上がりきっておらず、またベースラインまで落ちきりません。60秒とか90秒のインターバルの場合、正確な心拍ベルトを用いたとしても、筋肉の負荷は心拍に十分な反映がされないことが分かります。
心拍による負荷管理は、変化のすくないロング走には有効ですが、インターバルなど変化が激しい場合には、負荷を過小に見積もる危険性があり、追従性を重視するには、パワーのほうが適切ということになります。
トレーニング効果や進捗のレポートは優れている
GarminやSuunto より 一歩、秀でていると思われるのが、レポート機能。
スマホのアプリは、タイムライン方式を採用しており、SNS感覚で使いやすいインターフェイス。
日々の活動量計としての機能も優れていますが、ここではランナーが気になる部分に絞って紹介します。
個々のアクティビティレポート
ランニング終了後に時計を同期すると、フィード(タイムライン)にイベントが並んでいきます。
選択するとサマリーが表示されるのですが、
距離やペース、心拍、パワーといった数値だけでなく、「ランニングインデックス」「トレーニング効果」といったアドバイスが詳しく表示されるのが特長のひとつです。
ランニングインデックスは、心拍における走力を指標化したもので、VDOTに近いものです。
また、トレーニング効果は、その運動がどのような刺激であったかを表します。
このふたつを見れば、狙い通りのワークアウトになっていたかどうかをチェックすることができます(疲労抜きジョグのつもりがテンポ走(閾値走)になっていないか等)。
それぞれ、公式サイトを御覧ください。
Garmin でも TRIMP は表示されますが、トレーニング効果の細かさでは Polar に軍配があがります。
進捗の管理レポート
このような日々の積み重ねは、カーディオ負荷レポート、ランニングインデックスレポートとして確認できます。
範囲が広いため、Web版が見やすいです。
カーディオ負荷は、ステータスとビルドアップに分かれています。
ステータスはストレスの状態を表し TrainingPeaks で言えばTSBで、ビルドアップは効果の蓄積を示し CTL に相当するものです。
つまり、外部連携で TrainingPeaks等を使わなくても、PMCをチェックできます。
ランニングインデックスも、日々のアクティビティの長期傾向を見ることができます。
5kmや10km,ハーフ、マラソンの予想ペースも表示されます。
ただし、心拍に対するペースから算出されるため、目標とする距離よりも短いアクティビティばかり行っていると、高めに出やすい点に注意が必要です。
HRVによる疲労の回復チェックも優れている
トレーニングの負荷や、ランニングインデックスは好調でも、身体の疲労が抜けきれていないことがあります。
そのチェックのひとつに、起床時心拍を測定するものがありますが、Vantage はさらに一歩進んでおり、『起立テスト』でHRVの変化をチェックします。
起立テストとは、時計を装着した状態で、寝て2分測定、途中で立ちあがり2分測定し、合計4分の変化で判定するものです。
測定後に、時計の画面に 完全・不完全 のどちらかが表示され、疲労感や熟睡度の質問に答えると測定は完了です。
十分に疲労が抜けているパターンでは、
寝ている間には、ゆっくりと規則的に心拍が上下していて、起立後に上昇したあと、高めを維持できてるのが分かるでしょうか。
一方、リカバリー不完全なパターンは、
安静時心拍が高いのに加え、心拍変動の周期が全体的に早く、起立したあとも心拍数が維持できず、寝てるとき並に落ちてしまっているのが分かります。
Webの長期グラフにも、完全・不完全が残るため、過去のトレーニングが過度だったのか振り返るときの参考になります。
この機能についても、Polar が 一歩さきに進んでいる部分です。
なお、この機能は正確に心拍間隔を測る必要があるため、胸部ベルト(Polar H10)がないと行えません。
現時点で、とても優れた疲労チェックツールであるため、H10ベルトセットモデルの購入をオススメします。
気になる点
トレーニング強度や疲労の管理では一歩リードする Polar Vantage V ですが、弱い部分も見られます。
送電線や電力設備によるGNSS精度低下
精度の高い Vantage ですが、乱れる場合には法則があるようです。
次の例は、「UP RUN綱島鶴見川マラソン大会」で、Vantage V(上)とGarmin FA935(下)の同時計測をしたものです。
河川敷を6往復する大会なのですが、 特定の場所にきたときだけ、Vantageの軌跡に乱れが見られます。
拡大してみると、
変電所と、送電線があるのが分かります。
東京電力の変電所ですが、高圧線を何本も横切るケースだと、地磁気センサーが乱れて、極端な精度低下につながるようです。
これは『センサーフュージョン』のデメリットのひとつで、GNSSを省電力化したぶんだけ地磁気センサーに依存するので、このような現象が起こります(Garmin FA935 は GNSS のみで記録しているため影響を受けていません)。
このようなエリアでの解決策としては、「電池は減るが受信頻度を上げる」という設定なのですが、現時点では Vantege は Enduranceモードの1択しかありません。今後、高精度モードが追加されることを期待したいところです。
この現象は、同じGNSSチップを用いている、Suunto でも起きる可能性があります。
このコースは、ランニングウォッチのテストに、とてもよいコースに思われます。
屋内ではパワー計測できない
最大の魅力は、時計単体でのパワー計測ですが、屋内では計測できないことに注意する必要があります。
たとえば、トレッドミル、屋内トラックが該当します。
Vantage のパワー計測は、GNSS(GPS)速度を基準にしているため、屋外でなければ計測することができません。
同じ理由で、長いトンネルに入った場合なども、パワーが正しく表示されなくなります。
Training Peaks 構造化ワークアウト未対応
たとえば、次のようなワークアウトは、「フェーズ目標」という機能で作成することはできますが、かなり面倒です。
とくに、トライアスロンやバイクなどで使いたい人は、Garmin など、Training Peaks の構造化ワークアウトが、簡単にダウンロードできる時計のほうが、現時点では使いやすいです。
アウトドア機能の弱さ
アドベンチャーを追求する Suunto とは対照的に、磁気コンパス、ブレッドクラム(辿って戻る機能)といった、トレーニングに直結しない機能は、現時点では実装されていません。
なお、これらの機能は、ソフトウェア・アップデートで対応される予定です。