乗鞍岳の長野県側・東斜面のエコーラインを、標高2,600mの大雪渓まで往復するという、日本では最高所で行われるフルマラソン大会です。
とても綺麗な風景や体験が期待できる一方で、フルの制限時間は6時間と厳し目の設定となっています。
少なくともサブ5、余裕をもつならサブ4.5の走力が求められると思います。 予想タイムは、フラットなフルマラソンの1.1~1.3倍ではないでしょうか。
そして、走力の要求レベルが高いだけでなく、3,000m級の独立峰ということもあり、変化しやすく厳しい気象条件も、この大会の難度を押し上げています。 ですから、エントリーサイトのレビューにおいて、辛めの評価が付くのも分かる気がします。
このエントリーでは、そんな乗鞍天空マラソンのポテンシャルに触れつつ、どのようにポイント練習として活かしたのかについて、紹介したいと思います。
トレイルランナーにこそ魅力的
そんな厳し目の乗鞍天空マラソンですが、トレイルランナーにとってはたくさんの魅力が隠されています。
「え?ロードランでしょ、興味ない。天気も不安定そうだし」そんな風に感じるのがふつうだと思います。 梅雨どきの3,000m級で行われるマラソン大会、ふつうに考えたら、不安要素でしかありません。
ですが、一見するとデメリットのように感じられるポイントは、絶好のトレーニングチャンスとして捉えることが可能です。
そのいくつかをピックアップしてみましょう。
渋滞の起きない峠走
このコースは、片道18キロの峠走となり、獲得標高は1,200mに及びます。そして、平均斜度は約7%と、あの有名な足柄峠と同じです。
しかも、道路を通行止めにして行われる大会であるため、トレランにつきものの渋滞が起こることがありませんから、ランニングに集中することができます。
長い峠走をやってみたいけれど、近くに無いという方は、一本調子の長い峠をきもちよく体験することができます。
高所順化
そして、ただの峠走では終わりません。1,400mからスタートし、2,600m付近までレースペースで走ることができる、日本最高所で行われるフルマラソンです。 まだ標高の高いところは残雪の多いこの時期に、2,600mまで走れる機会は他にはありません。
マラソンの有森さんや高橋さんが、コロラドのボルダーに滞在し、トレーニングを積んだことはよく知られています。そのボルダーの標高が1,600m付近です。 1泊2日では大幅なパフォーマンスアップは望めないにしても、低地で頭打ちになっているパフォーマンスに、刺激を加えることは十分に可能です。
サポートは充実、ユルさのある大会
マラソンの大会ですから、エイドの数も多めです。ですから、手ぶらで走ることが可能です。必携装備品もありません。
また、厳し目のコースであるにもかかわらず、独特のユルさがあり、テンションの上がる応援があり、そして和みがあります。
悪天候なら装備チェック
6月といえば、まだ3,000m級の山々の天気は不安定で、ときによっては降雪することもあります。 雨が降れば冷たいですし、風が吹いても体温が奪われます。
そんなときこそ、レインウェアや装備品をテストする絶好の機会ととらえましょう。 6月の2,000mで降る雨という過酷な条件の下、耐水性は十分であるか、防風性能はどうか、蒸れによる不快はひどくないか、体の動きを妨げないか、など、距離と時間をかけてチェックすることが可能です。
ポイント練習としての乗鞍天空マラソン
そこで、この乗鞍天空マラソンを楽しむだけでなく、UTMB対策のひとつとしても取り入れてみました。
UTMBには、気をつけなければならないポイントが幾つかありますが、その一つが、後半にある、グラン・コル・フェレ(大きなフェレ峠)からシャンペ・ラック(シャンペ湖)までの、20kmに及ぶ長い下りと言われています。 この長い下りを、調子に乗って気持ちよく走っていくと、シャンペ湖手前の登りまでに、脚が終わってしまうということです。
その長い下りと乗鞍天空マラソン標高図を、高度とピークを揃えてオーバーレイしたのが、次の図です。
ロードとトレイルのちがいはあるものの、標高、長さ、斜度がだいたいよく似ていることがわかります。
そこで、UTMBを想定した装備重量で、乗鞍天空マラソンを気持ちのよいペースで走ってみることにしました。
装備
TNFのエンデュランスベストに、レインウェア等の必携装備品とドリンク1リットル、さらに1.2リットルの水をオモリとして加え、合計3.5kgとしました。 追加の水は、今夏が猛暑となった場合の規制を心配してのことです。「エイド出発時に水を2リットル持つこと」と、直前に指定されるかもしれません。
ペース
トータルでキロ7分を予定ペースとしました。
というのは、制限時間が6時間ですから、どんなに遅くてもキロ8分半は必要です。しかもスタートから12km地点の第1関門までがいちばんタイトで、キロ8で行かなければなりません。
さらに前半でタイムを消費すると、今度は下りの関門がタイトになってしまいます。そこで上りキロ8分、下りキロ6分、平均でキロ7分で、完走タイムは4時間55分ぐらいと予定しました。
レース結果
4時間49分58秒と、ほぼ予定通りとなりました。 Strava に 写真もいれましたので、よろしければ御覧ください。
当日の天候は晴れが予想されたため、半袖・短パンのトレランスタイルで行きました。朝の気温は13℃ぐらいと、すこし肌寒かったのですが、ウインドブレイカーを着るほどではなく、動き続けるかぎりは、山頂でも寒いことはありませんでした。
上りでは、心拍数が150を超えることは無く、思っていたよりも楽に登ることができましたが、2,400mを越えたあたりから、めまいが起きるようになり、脚も重くなって、ペースを維持することができなくなりました。
また、下りではゴールまでに脚が終わってしまい、本番でこのペースで突っ込めば、シャンペ湖でリタイアになる可能性も十分に想像できる結果です。
今後の課題としては、高所でのパフォーマンスを維持するための高所トレーニング、下りで脚を無駄遣いしないよう丁寧な足はこびをする練習の必要を感じています。
Back to Back
もう一泊したので、翌日には、乗鞍トレイルを11km・2時間半ほど走りました。 乗鞍高原には、さまざまなトレイルがありますが、「全国トレランコースガイド」(鏑木毅)にある、乗鞍トレイルはおすすめです。
高強度のポイント練習を行った翌日の、疲労が残った状態で練習を重ねる方法は、Back to Back とも呼ばれる練習法のひとつです。 (さらにその翌日、10kmのジョグをしましたが、キロ6分を維持するのはなかなか大変でした)
なかなか贅沢な過ごし方になりましたが、このように工夫をすることで、高所馴化と峠走、B2Bを1回の旅行で効率よく行えるのも、乗鞍ならではの魅力だと思います。
恵まれた宿泊環境
トレイルの大会ですと、前泊で苦労することもしばしばありますが、乗鞍高原はそうではありません。 冬はバックカントリースキーも可能ですし、夏には登山、自転車のヒルクライムも開催され、マウンテンスポーツには理解の深いエリアです。
多彩な宿泊施設
ですから、ペンション、ホテル、旅館と、数多くの選択肢があり、オートキャンプによる車中泊も可能と、宿泊えらびで困ることはないと思います。
前日受付のみ、という条件もデメリットに見えますが、1,400m〜1,600mで1泊することは、トレーニング上のメリットに数えることが可能です。 なぜなら、高所刺激は、滞在した時間にも影響を受けるからです。
松本あたりに宿泊する方法もありますが、朝の移動が長くなってしまいますし、少しでも長く高所に滞在する方を選びたいところです。
ちなみに、乗鞍高原に引かれている温泉は、あの有名な白骨温泉とおなじ湯川を源泉としています。ここもポイントが高いところです。
アクセス範囲の広さ
さらに、関東・関西・名古屋から、1泊2日のツアーバスも企画されているため、広範囲からアクセスすることが容易です。 自家用車の場合にも、ペンションに停めておくことができ、宿泊施設からスタートまで送迎してもらうことが可能です。
朝食を済ませ、ギリギリまでお部屋で休んだあと、手ぶらでスタートラインまで行けるのは、ポイント高いと思います。
また、制限時間が6時間と短いため、お昼過ぎには大会は終了となるところも、高い評価をつけたいところです。
まとめ
このように、乗鞍天空マラソンは、これから夏にかけて本格化するトレイルシーズンを前にして、ポイント練習の場としても高いポテンシャルを秘めています。
実際に、お会いしたトレイルランナーさんのひとりは、来月に富士登山の山頂コースに出場するというお話でした。
もし、まだ走力に自信が持てないようであれば、35kmの部もおすすめです。フラット区間が短縮されるだけなので、獲得標高は変わりません。
エコーライン開通期間は通行が可能なので、調整練習でも入りたくなるコースではないでしょうか。