お酒の弱い人があるように、人それぞれに、見た目では分からない違いがあります。
技術の進歩により、お酒を飲んだことが無くても、強いか弱いかの傾向が分かるようになりました。そのひとつが遺伝子検査です。
お酒に弱いことを知っていれば、みっともない姿を晒さなくて済むように、スポーツ遺伝子を知れば適性が分かります。
今回は、それを調べて、マラソンの練習に活かしていこう、というお話です。
前半は、検査キットの流れで、後半はトレーニングへの生かし方です。
スポーツ遺伝子の検査でなにが分かるのか
今回、つかったのは、ハーセリーズの「エクササイズ遺伝子検査キット」。
選んだ理由は、マラソンに影響する3つの遺伝子を、お手頃価格でチェックできるからです。
このキットでは、
筋肉のタイプ
血管の拡張性
ミトコンドリアの増えやすさ
の3つを調べてくれます。
検査の申込みと手順
申し込むと、検査キットが郵送されてきます。
チューブに入ってる綿棒をつかって、口の中の粘膜を採集する方式です。 血液採集と違い、痛みもないので気軽に試せました。
あとは、申込用紙に記入して発送するだけです。
この試料を、医学研究に使ってもよいか、はどちらでもOKですが、新しいスポーツ遺伝子の発見につながるかも知れないので、同意しました。
結果
約2週間で、結果が出ました。
今回は、結果のWeb閲覧バージョンを利用しましたが、PDFをダウンロードして印刷することもでき、どこでもネットで観られるので便利です。
順番に確認していきましょう。
ACTN3遺伝子
いちばん気になってたのが、この『筋肉の質』でした。
R要素は、筋肉の構造を頑丈にする遺伝子で、2個を1ペアとして保有しています。
なので、RR、RX、XX の、3パターンの遺伝子型があることになり、R要素が多いほど、頑丈な速筋体質で、XXだとパワーは無いけど持久力に優れる遅筋体質、ということになります。
で、結果はというと・・・
まさかの速筋タイプ! スプリントに向いてるそうで、まぁどうしましょう、って感じです。
速筋タイプは、高負荷のトレーニングで、筋肉が太くなりやすい傾向にあるそうなので、ふくらはぎのキモさからすると、まぁそうなんでしょうね、、、
このタイプは、マラソンに不適なのでしょうか・・?のちほど考察しましょう。
ACE遺伝子
血管の拡張のしやすさで、トレーニング効果の出やすさが分かるそうです。
II、ID、DDの、3パターンの遺伝子型があることになり、II型は血管が拡張しやすく持久力に優れ、トレーニング効果が出やすいタイプ。
DD型は、瞬発力には優れるものの、持久性トレーニングの効果は出にくいようです。
結果は、中間型。
筋肉への血液供給は持続的に行えるようなので、この部分はマラソンには適していそうです。
また、一流の高所登山家には、II型が多く、DD型は非常に少ないそうです。
低酸素条件では、II型・ID型が有利で、トレーニング効果の出にくいDD型の場合、高所トレーニングも重視した方が良さそうです。
PPARGC1A遺伝子
ミトコンドリアの増えやすさで、有酸素トレーニング効果の出やすさが分かります。
GG、GS、SSの、3パターンの遺伝子型があることになり、G要素が多いほど、ミトコンドリアが増えやすい体質になります。
結果は、ミトコンドリアが増えやすい体質!
つまり、インターバルやLT走での効果が出やすく、強度の高い運動も長時間、効率よく行えることが分かり、安心しました。
まとめると、
『筋肉の質は速筋でスプリント系の方が向いているが、血液循環やミトコンドリアは、持久系に向いている』
ことになります。
残念ながらこの検査結果。
持って生まれた素質なので、体質を変えることはできません。
心して申し込みましょう。
ここから先は長文なので、ご自身の検査結果がでたあと、対策を知りたくなったときにお読みいただけたらと思います。
トレーニングへの活かし方
だけど、結果の一喜一憂だけで終わらないのがこのブログ。
この結果をもとに、トレーニング計画への活かし方を考えていきます。
速筋タイプはマラソンに不向き?
まず、筋肉の質が、スプリント向けという点で、ここが大きな課題です。
はたして、速筋タイプはフルマラソンに全く向かないのでしょうか。
体力科学に掲載された、興味深い記事があります。
ACTN3遺伝子のR577Xナンセンスアレルはエリートレベルの日本人中長距離走選手において頻度が低い
ACTN3遺伝子は中長距離のパフォーマンスに影響するうちの一つ、と結論づけているのですが、本文を見ていくと、
マラソンで活躍しているケニアやエチオピア勢には、XX型は極めて少ない
日本人でも、一般人と比較すると、国際級ランナーは、R型を持つものが多い
XX型の方が、ワークアウトにおける筋損傷が大きい
としています。ケニア・エチオピア勢は、遺伝的にR要素をもっている(XXではない)にもかかわらず、みなさんもご存知のハイパフォーマンス。
日本人では、R要素の多いランナーはスプリント系に行ってしまって、あまりマラソンを専攻しないのかも知れません。
またR要素は筋肉が太くなりやすい性質を持つため、体重面(パワーウェイトレシオ・VO2max)では不利なので、日本人では軽量タイプ(XX型)が活躍している可能性があります。
ちなみにこの論文、ビッグネームが連なっているのですが、スロージョギング の 田中 宏暁 さんの名前もありますね。
「ランニングする前に読む本 最短で結果を出す科学的トレーニング」は、科学的なアプローチでトレーニングする上では、必読の1冊です。
速筋タイプ・遅筋タイプ おすすめの練習法は
前述の論文、中ほどに次のような記載もあります。
ここ数十年の間に,高強度間欠的運動(インターバルトレーニング)が,持久的運動能力や最大酸素摂取量を効率よく向上させることが分かってきた(中略)
このようなトレーニングを実施した際に,Rアレルを有する選手とXアレルを有する選手とで筋損傷の程度に差異を生じさせる可能性がある.
すなわち,Vincentらの報告から,Xアレルを有するヒトは,Rアレルを有するヒトよりもインターバルトレーニング後の筋損傷の程度が高い可能性がある.
このように,Xアレルを有する長距離走選手がインターバルトレーニングを実施する際には,過度の筋損傷を防止するために 1 回の運動強度を下げ,運動時間や回数を増やすことで総運動量を確保するといった個人の遺伝的特性にあったオーダーメイドのトレーニング方法の確立につながるかもしれない.今後,遺伝的特性を考慮に入れたトレーニングの効果検証といったことも必要であろう.
つまり、筋肉の質によって、トレーニングメニューを調節したほうがいい、ってことです。
幸い、ぼくは RR型なので、インパクトファクター(IF)が高い高強度のインターバル練習に耐えられそうですが、ダメージを受けやすいXX型の人は、高強度トレは控えめにして、回数を稼ぐことでトレーニング量(TSS)を確保するほうが向いていることになります。
速筋を遅筋に変えることはできるか~ロング走は不可欠
ぼくは、脚が太くなるばかりで、ちっとも速くならないのですが、生まれ持った運命を変えることはできないのでしょうか。
筋トレ界ではよく名を知られた石井直方さんシリーズの、第24回~27回に、そのヒントがあります。
どんなトレーニングをしても、筋肉は「持久力がある」方向にシフトする:“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学:日経Gooday(グッデイ)
結論としては、「トレーニング量を増やせば、筋持久力のある方へシフトする」
速筋は遅筋に変わらないが、トレーニングの総量を増やすことで、速筋はかぎりなく遅筋に近くなる。
遺伝は変えられないが、持久力はトレーニング次第でつけることができる。
では、どのようなトレーニングが必要になるかというと、ぼくの場合、軽い負荷・長時間の持続が求められます。
戦略としては、インターバル(高強度)で速筋を肥大させ、ロング走(中強度)で遅筋の性質に近づけることで、筋スタミナをつける。
このロング走は、永遠に走り続けられるようなウルトラ向けペース(Zone 1~lower 2)ではなく、目標タイムでマラソンをゴールできるペース(Upper zone 2~3)を意味します。
ここは、多くのマラソン理論において、高強度を支えるためにはロング走が不可欠、としているところと整合します。
もともと遅筋の性質が高いXX型だった人は、筋肉が損傷を受けやすいため、疲労困憊まで追い込みすぎないほうがよく、そのかわり2部練習に半割するような戦略が考えられます。
血管の拡張能力・・・ACE遺伝子
ぼくは IとDを半分ずつ持っているので、持久系のトレーニング効果は、それなりに出やすいと思われ、実感とも合っています。
ただ、高所は弱く、2,000m を超えると、急にパフォーマンスが落ち、体調も悪くなります。
DD型ほど高所に弱いわけではなさそうですが、高所トレを継続していないと、すぐに高山病の症状が戻ってきます。
レースの適性や、高所トレの重要度が分かるので、スカイランニングや高所セクションのあるトレランをやる人は、チェックしておく価値があると思います。
DD型の場合は、筋肉への血行が悪く、持久系のトレーニング効果が出にくいため、中強度(Zone 2)のロング走をサボらない方が良さそうです。
ミトコンドリアの増殖能力
ミトコンドリアが増殖しやすいタイプの人は、おそらくどんな運動をしても増えるので、いまの練習を続ければいいです。
増えにくいタイプの人は、テンポ走(Zone 3)よりも、週に1~2回のインターバルを取り入れた方がいいでしょう。たとえサブ5が目標であっても。
PPARGC1A遺伝子を刺激するアプローチは、田中宏暁さんのランニングをする前に読む本 に書かれています。
まとめ
こうやってみていくと、インターバルをやらなくてもサブ3できる人や、ロング走をやらなくても完走できる人が、なぜいるのか、分かるのではないでしょうか。
また、マラソンの教科書や指導者でも、スロージョグを重視したものや、インターバルを重視したものがあり、どちらも間違ったセオリーではないことが分かります。
ぼくらは「みんなおんなじ」だと考えがちで、なぜ自分は練習についていけないのか、と落ち込むことがあります。
ですが、持って生まれた体質を理解して、その特性にあった練習法や指導者に出会うことが、目標達成の近道だと思います。
何十種類の遺伝子を調べるキットもありますが、影響のおおきい3つの遺伝子に絞って、まずは調べることをおすすめします。
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