D to K、K to Kと出て、今年で3回目の参加。
修行の聖地をつなぐトレイルだからなのか、一筋縄ではいかない難しさにあるのか、再来するごとに魅力のある大会です。
前半がレースの紹介、後半からパワー計によるレース管理、という構成になってます。長いです。
コースの紹介
概要
高野山の開創1,200年を記念して、若かりし頃の空海が歩いた足跡を辿るルートで行われる、修行系のトレイルレース。
古代から続く山岳信仰の聖地がスタートで、吉野の金峯山寺を出立し、大峰山を超えて西に2日、と言われるルートで高野に至る K to Kは約55km。
大峰山あとに合流するD to Kは、やはり大峰山信仰の修験者や雰囲気がある洞川温泉をスタートし、小南峠で合流して高野を目指す43kmの修行。
この2クラスが設定されてます。
標高差に現れない細かな起伏が多いため、ショートの D to K でも3,000m、ロングのK to K では4,500m超 に感じられ、休むことのできない、かなり厳しいコースになってます。
聖地の記念行事という成り立ちから、前日には「勤行」が行われ、高野山の根本大塔にお参りするのがゴールという、神聖さのあるセッティングがよい。
前日に行われる勤行は、いわゆる仏教の法要なのですが、大峰山を舞台とした山岳修行の聖地である天狗とか山伏を感じさせる、独特の雰囲気があり、実際に霊験が感じられます。
D to K 、龍泉寺での一コマ、『護摩壇』
鏑木さんもいたくお気に入りだという、龍泉寺の護摩の行。
この火を掴んで胸にいれると、ご利益があると云われます。
ぼくは両脚にも入れたのですが、疲れてきても、胸中と両脚の中に、メラメラとあの火が燃えさかっているのが感じられ、不思議とまだ動けるような気がしてくるのです。
日程
前日のお昼すぎからブリーフィング(競技説明会)、続いて勤行が行われ、そのあと夕食と入浴になります。
K to K はスケジュールが全体的にタイトで、朝食が4時半、スタートが6時という設定なので、レース慣れしたベテラン向け。
一方のD to Kは、43kmを短く感じるかもしれませんが、8時スタートと、ゆっくりと食事や入浴、準備ができるゆとりがあり、合流点ではゲストランナーである鏑木さんをはじめ、トップランナーの走りを間近で見られる、めったにないチャンスがあります。
完走の目安ですが、ゴール関門は20時。 制限時間はそれぞれ14時間・12時間となっており、淡々と進めば完走は難しくありませんが、フルマラソン2時間40分ぐらいの方でも、K to K は8時間前後、D to K で 6時間前後を要しており、想像よりも時間がかかると思います。
京阪神方面なら、最終ランナーでも終電に間に合いますが、それより遠方のときは後泊するのがベスト。飲食店やお土産やさんが閉まるのは17時と早いです。ですが翌日になれば、朝8時頃から営業している胡麻豆腐のお土産屋さんがあります。
ランニングパワーによる計画
一筋縄ではいかないこのレース、もう一度、挑戦したいと思っていたのですが、今年の前半にAレースをひとつ入れたいと思っていたので、ちょっとだけ本気だすレースとして選びました。
Run with Power では、以下の目標管理を推奨しています:
レース直前のCTL
ピークから−10%にとどめるレース当日のTSB
+25〜30が望ましい予想されるレースによるTSS
予想されるレースによるIF
レースを占める主要なパワーゾーン、その比率
ピーク12秒出力の予測
EI、VIはトレイルで意味が薄いので割愛
パワーゾーンによるペース設定
WKO4で、過去90日間のトレーニング実績から求めます。
PDカーブから分かるのは、FTP205W、TTE 33分(Power Distribution Curveから推定されたFTPおよびその持続時間)。
Peak 12秒は 約400W。
→200W超は連続で30分間ほどしか継続できないことを意味する
また、トレイルでのタイムトライアルや、練習での疲れ初めのタイミングから、FTPの少し下、Tempoレベルでの直近ペースは、キロ9分と分かりました。このペースが維持できれば、 43.5km を 約 6時間半 で完走できることになります。
みてのとおり、細かい配分は難しいコースなので、チェックポイントのある7km単位でタイムを確認することに。レース中の強度は主観強度で把握することとし、後半にビルドアップする作戦。
レース強度を、主観強度の7〜8である0.75IFとすると、このレースによる負荷は424TSSとなります。
補給食の設定
急登が多いため、瞬発、つまりアネロビック時のエネルギー供給は糖質オンリーなので、その分はジェルで補う必要がある。
FTP超えでの出力があがるほど、脂質カロリーは低下し、糖質依存度は高まるので、さらに糖質を増やす必要があり、その結果生じた乳酸が消費されるまで、パフォーマンスが低下した状態が続きます(ピーク60秒パワー以上なら糖質ほぼ100%)。
つまり、FTP超でのTTE(Time to Exhaustion)はカウントダウンタイマーを意味しており、ハイパフォーマンスを発揮する時間を把握する必要ありです。
FTPの205Wまでは、糖と脂質が半々で、そこを超えるとアネロビックが混じり出し、おそらく脂質による供給上限は100Wぐらいで頭打ちと仮定。
200Wを30分(1800秒)継続したときの運動エネルギーは 360 kJなので 、脂質分は180kJが上限、のこりが糖質の180kJになります。
消費カロリー1kcal のうち、推進力になるのは 1kJほどと云われますから、200W超・30分の継続で、180kcal = およそジェル1本分の消費が目安となので、FTPオーバーを自重すれば、1時間に1個で足りそうです。
グリコCCDワンセコンド 4個
スタートから1時間半後に1個、そこから1時間毎に1個で合計4個アミノバイタル4000 2個 疲労時
TOPSPEED 4個(スタート1個
ウルトラミネラルタブレット 1.5リットル分
装備
半袖短パン(配布シャツ)
ザック:Salomon S-LAB
シューズ…ヘリオス2.0
雨でマッドならミュータントの予定計測機器
Garmin FA935
Stryd
心拍ベルト(HRM-4run)
Tempe(気温計)必携品
作戦
速い人についていく
スタートは控えめに、ビルドアップ
最後のロードに出てからスパートFTP超えはごく短時間にとどめる
予定外のオールアウトはしない補給は忘れず計画通りに行う
計画どおりの6時間半達成が第一目標
結果
リザルト
タイム:6時間41分(予定より+11分遅い)
着順:2位
表彰されて鏑木さん、横山さんと握手しました
GPSウォッチによる3D計測では45km、キロ8分53秒なので、予定通りのペースと言えそう
賞状と金剛峯寺のTシャツ、副賞として、ノースフェイスの TR ZERO を頂きました。。
気象
前日の朝に、6時間で 累積48mmの降雨
当日は晴、気温はこの時期にしては低めで乾燥、スタート時に8℃、日中は18〜19℃まで
前日の雨で、適度に湿ってグリップが良くなった 👉 予定通り ヘリオス2.0、Stryd でOK
外気温と、体内の温度勾配が大きいほどパフォーマンスは上がることが知られており、正確な気温が測れる外気温計を導入しました
PMCによる体調管理
レース前日のCTL65
ピークから-10%以内 👉OKレース当日のTSB 23
トレーニング量を減らすと、−10〜0あたりで体調不良になる、そのまま10以上になると回復してきた
25以上に届かず、ベストには体感でもあと1日ほしいTSS 326 👉届かず
IF 0.70 👉届かず
rTSSが使いにくいトレイル練習を含んだ場合には、パワー計による測定での疲労管理が有効だと感じる
ペース配分と展開
自重するというマイルールを守れませんでした。
スタート。速い人についていこうとするも、キロ4分より早い。ポールも持ってたので登りも早そう。ついていくのは無理と判断したものの、ペースを落とせず、主観強度8。
主観強度8のまま、2時間半、武士ヶ峯のエイド。直後にゲストランナーの鏑木さんが到着。なぜか、逃げなきゃ行けないと思ったので、主観強度8から落さず、ペース維持。
30分後、追い詰められたウサギの心境で、道を譲る。そのままペースダウンして潰れ、主観強度6、いちばん厳しい天辻~出屋敷~紀和隧道はひたすら忍耐。
主観強度7までの回復に2時間を要し、ペース回復してきたのはゴール3~40分前でした。
心拍ドリフト
その様子が、心拍とパワーの関係にも表れています。
心拍・パワーとも、右肩下がりになっており、心拍あたりのパワーも減少。 スタート直後のダッシュが、中盤以降に影響を与えているのがわかります。
脚バネの残量
中盤のヘタレは顕著に表れてませんが、ゴール手前7kmからのロードで、脚バネがどんどん削れていってるのが分かります。
パワーでみた消費エネルギー
以下は、パワー計測によるヒートマップ(iLevel)。
黄色から上はオーバーペース、緑はSweetSpot、青はリカバリーゾーンで、赤い点線は over FTP での消費エネルギー累積です。
(mFTP = 180W が基準です)
スタート後にオーバーペースが多く、中盤〜終盤にリカバリーが増えたのがわかると思います。
スタートダッシュを抑えなかったので3時間半までで潰れ、そのあと、リカバリーするのに2時間ぐらい要しているのが一目瞭然です。
また、消費カロリーの点でも、 over FTP(赤の点線)、500kJ 超のエネルギー消費は、自重してたら不要なもので、ブースト全体の2/3を、行程の半分までで消費してしまっています。
早めのジェル投入で軽減できそうですが、持っていった数が足りませんでした。
心拍の推移、脚バネの残量、消費エネルギー、の3つから、実力以上のハイペースは、後にツケを払うことが確認されました。
補給
ジェルの計算はOK
予定外に最初から飛ばしたので、1時間に1個では間に合わなかった
飲んでも疲労感はとれない(でも飲まないと回復しない)BCAA4000mgは、疲労感に即効性あり
飲んで数分後に疲労感が抜けていき、効果は1時間ほど続く
ただし、パワー回復には時間がかかる
レースにお手軽なワンデーパックおすすめ👉アミノバイタル4000水:準備不足
電解質タブレットを2.5リットル分しか持たず、1リットル弱の不足
補正しない水を飲んだら、胃がもたれはじめる 👉吸収が遅く、胃腸に負担がかかり、回復が遅れた可能性
糖質を含まないので、疲れた胃腸でも吸収が落ちないウルトラミネラルタブレットはオススメ
ダメージ
今後の練習計画に影響がでるようなダメージなし。太もも前面に軽い筋肉痛あり 左脚は膝上、右脚は太もも前面〜外側の全体に軽い筋肉痛とハリあり、疲労に偏り
後半で疲労が溜まってくると、左右差が広がっていることが分かる(測定はHRM-4Runによる)
トップの人には追いつける見込みがなかったので、ダメージを支払うベネフィットは無かった。安全・ノーダメージを守ったのは正解
効果のある練習・なかった練習
効果があったと思われるのは、
トレイルでの下り(テクニックの特異性が高い)
ロードの登り持久ラン&トレイルのパワーウォーク(走力・筋出力)
バイクで脚の引き上げを意識したSST(コアマッスル・出力)
リカバリーはバイクを積極利用(着地衝撃がないため)
3~4時間までの練習が中心をすれば、3~4時間に適応した身体になる
一方、効果が薄かったものとしては、
- ハイスピードでのインターバル(速くなりすぎて早く潰れる)
です。まぁ、改善の余地だらけなので、何をやっても上がるんですが・・・
今後の課題
パワーを上げること、利用効率を高めることの2つのアプローチ
パワーを上げる
PDCurveを上げる
FTPとTTEを向上させるトレーニング
カーブのテールを太くする(長時間になっても維持できる)トレーニングSweetSpot トレーニング(SST)をする(FTPの少し下ともう少し下の間)
トレーニング効果が高く、本番でも実用性が高い領域
走る&歩くのミックスパワーを正確にコントロールできるようにする
バイクトレのように、◯◯◯Wを◯分間、を意識するレース中のパワー表示
序盤の飛ばし過ぎを防ぐリミッターとして使うのは良さそう
ランニング効率をあげる
下りのテクニック向上
姿勢を意識する
トレーニング時間を割り当てる疲労時の左右差をなんとかする
姿勢の偏りを修正、補強トレーニング
補給の見直し
FTPより下であれば、糖質ゼロ補給でも運動の継続は可能(スーパー糖質制限やってる人なら分かると思います)
しかし、瞬間的にでもFTP以上が必要なら、糖質補給は必要
パワー計表示を利用して、予定にないオーバーペースを自重すべき
電解質補正タブレットは、大して重いものではないので、多めに持っていく
入賞争いに加わるためには
順位は他の参加者もあってのこと。たまたま自分より速い人が出ていなかっただけなので、今回は運がよかったのこと。
着順争いするのであれば、トレーニングの量と質、闘争心、見込みがあれば身体を壊す覚悟と判断力、どれも別次元で求められ、安全に、日常生活に影響を残さない範囲でいけるのは、現状でこのあたりが限界です。
UTMBにつなぐには
9月のUTMB、170km +10,000m
長時間の運動継続能力が問われるのはもちろん、ひとつひとつの峠越えが大きく、短時間で2,500m近くまで登るため、高所耐性が不可欠で、登りっぱなし/下りっぱなしの脚力が問われるのが特徴
なので、いまの体力(CTL)を維持できる、700TSS/週を維持したまま、その内訳を、低強度長時間、高所耐性、登山&下山に振り分ける必要性があります。
レース予定ペースでのエコノミー改善と、パワー拡大
具体的には、
毎日、キロ6~8のジョグを最低1時間(週で300TSS超)
富士山やアルプスでの歩荷トレ
で、が最適解だと思います。富士山は山頂まで行く必要は多くないかもしれません。
今までやってきたことと、大きく方向性が変わるので、体調変化には十分気をつける必要がありそうです。
まとめ:鏑木さんの思い出
この大会、なぜか気に入っていて、今回で3回目です。
まだトレランを始めた頃は、トップランナーはトレイルを駅伝みたいに走ってるんだ、と信じてました。
初めてこの大会に参加したとき、やっぱりゲストの鏑木さんに追いつかれたんですね。
切抜峠を越えて走り下りてたとき、突然、すぐ後ろで【ガサッ】と音がしたかと思うと、横に鏑木さんがいました。
ビビりましたね、、、まったく気配がしなかった。一瞬、なにが起きたかわからず、凍りつきました。もし忍者だったら、生きてはいまい。。。
道を譲られたと思ったのか、鏑木さんは小さく「ありがとうございます」と言って、森のなかを静かにジョギングしているようにしか見えないのに、どんどんと離され、あっという間に見えなくなってしまいました。
そして今年。オーバーペースのまま、A2武士ヶ峯エイド。水の補給をしていると、「ランナー来ましたっ ゼッケン・・・ゲストランナーの方です!」
(やばい、にげないとヤバい)
心拍数が高いせいもありますが、なぜか危機を感じて、逃げなきゃいけないと思ったのです。
ふだんは、誰に抜かれようとも、なんとも思わないのですが・・・。
その後、しばらく続くロードと林道では姿が見えなかったものの、トレイルを登りだして、ふと振り返ると、木々の間に、ちいさな鏑木さんの姿が見え隠れしています。
走ったり歩いたりを繰り返す鏑木さんはだんだんと距離を詰めてきて、その後は、キツネに狙われたウサギのような心境で、ついに覚悟を決めて、脚を止めて、道を譲りました。
ほんの一瞬の間があってから、何を思ったのか、鏑木さんは「2番だよ」とニッコリと言いました。
道をあけるというガッツのなさに、闘志をくれようとしたのかも知れませんし、ファンランナーだと分かっての挨拶だったのかもしれません。
引き離されつつも、5分か、10分か。 ジョグっているように見えていて、凹凸では何時の間にか歩いていて、水が器のかたちに従うように、なめらかに動いていく。
ギュッと凝縮された足跡。それがリズミカルに続く。
ゼンマイとテンプで動く、機械式時計のように繊細で、正確な動き・・・。
GPSやセンサーを身にまとったぼくのデジタル志向とは、哲学の違いがくっきりと分かれました。
とにかく、ものすごく突き抜けたセンスの持ち主だ、と、あらためてビビりました。
表彰式のとき、「抜いたときのこと覚えてるよ」とニッコリ言われたので、やっぱり今回も自分から諦めたのでした。
UTMFも終わり、久しぶりに伸び伸びとした雰囲気もあってか、とても無邪気で、開かれた感覚の人だと感じました。
まとめ
長々と、もっともらしい理屈や計算をたくさん並べたわけですが、見ての通り、天才は、ぼくの小賢しい小細工の遥か上のことを、直感でやってのけます。
昭和初期、貧しかった時代の治療家・野口晴哉さんは次のような言葉を残しています:
頭の工夫だけで生きている人は、ところどころで戸惑う
そして 戸惑いしている間に 機は逃げてゆく
機に敏な人も 頭でつかまっている限り しくじることがある
心で感じている人も 感じたまま動けない限り 機は去ってゆく
『風声明語・機』
才能が足りないとしても、ぼくらはScience & Technology で、彼らに近づくことはできる
数字に振り回されるのではなく、心と感覚をキャリブレーションするために計測機器はある
またほんの少しだけ、トレイルが上手くなった気がします。
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